2008年5月16日 (金)

わたしの十字架・・・⑥

 窓外の積もり始めた雪を眺めながら、ユミはスヨンの言葉を思い出していた。古いつき合いだから声の響きから、何でも想像がつく二人の仲だった。

 また、母親と何かあったのだろうとユミは感じていた。ユミには母親がいないので、単純にスヨンを羨ましくいつも思っていたけど、現実は好い事ばかりではないようだった。

 ユミは母とよく話をする。顔も知らない母がよく夢に出てくることがあって、ユミを抱き上げて、話しかけてくれる。ユミの母はとても優しい。ユミもいろんな事を話す。

 目が覚めると確かに母の残り香がするのだった。それはユリの花の香り。

 ユミは生まれながらに足が不自由で、体も弱かった。何とか人並みに学校には通えたけれど運動はできない、いつも体育の時間は見学だった。

 そんなユミを父親が心配したのだろう、神様に守ってもらえるようにと小学生の時、洗礼を受けさせた。ユミは母の姿を聖母マリアに重ねて、ずっと今日まで、お祈りをしてきた。

「 お母さん、ユミはお母さんがわかります。お母さんを忘れたりしません。

 ユミを見守りください、すべての危機からお守りください。

 お母さん、ユミが幼心を忘れないように、あなたのように、聖母マリアのように、

 泉のように清らかで、澄みきった幼子の心を保たせてください。

 悲哀に閉ざされてしまうことのない、単純素朴な心寛大で優しく思いやりに富み、

 どんな善も見逃さず、どんな悪にもこだわらない、幼子の心を奪わないでください。

 誠実に純真に何ももとめずひたすら愛し、他者の気持ちに快く溶け込んでいける、

 優しく謙虚な心を保たせてください。

 忘恩に対して閉ざされることなく、無関心に対して嫌気を起こさない開かれた、

 不屈の心を勇気をお与えください。

 他人のために、苦しみを甘んじ受ける心を、お母さん、ユミにお与えください。

 そして、今日は親友のスヨンのことも祈ります。お母さん、スヨンを守ってください。

 ユミの大切な友達ですから、お願いします。アーメン」

 ユミがスヨンのために出来ることは、たぶん、祈ることだけだったろうし、きっと祈りが届くと信じてもいた。

 これまでに、スヨンがユミにしてくれた親切や思いやりを思えば、もっともっと祈ってあげたいと思っていた。

                                ・・・続く 

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2008年5月15日 (木)

わたしの十字架・・・⑤

 兄が部屋を出てしばらくした頃、スヨンの携帯電話の着信音が鳴った。思ったとおり、それは親友のユミからだった。

「わたし・・・、ううん・・・ちょうど話したかったから。ちょっと嫌なことがあって。何してた? そうなの。あのさあ・・・今から会えない、わたしがそっちに行くから、いいでしょ? ごめんね、ユミの顔が見たいの、・・・話したいけれど、上手く言えないのよ、電話では。それじゃあ、後で、すぐ出るから待っていて」

 スヨンはコートとマフラーを掴んで部屋を出た。

 一階に下りると母親だけがリビングでお酒を飲みながらテレビを見ていた。

「なんだい、こんなに遅くに。食事は済ませたんだろ」

 横目で見ながら言うとまたテレビに顔を向けた。

「ええ、済ませたわ。ママも済ませたの?」

 母親は返事をしなかった。グラスに焼酎を乱暴に注ぐと一気に飲み干した。

「わたし、ちょっと出かけてくるわ。友達と試験勉強するから、もしかしたら今夜は帰らないかも・・・ママ、あまり飲みすぎちゃ体に毒よ」

「大きなお世話だよ、スヨン、お前には迷惑掛けないよ。さっさと行きな! 鬱陶しいんだよ、お前は」

「じゃあ、行ってきます。おやすになさい」

 スヨンは玄関でコートとマフラーを着て、ドアを開け外に出た。やっぱり雪になっていて、周りはうっすらと白くなり始めていた。スヨンはぼんやり眺めていた、後ろで何気に母親の声を聞きながら。

「ああ、ほんとに嫌な娘だよ。腹では死ねばいいと思ってるくせに、しゃあしゃあとあんなこと言えるんだから。誰に似たんだか・・・・・・」

 スヨンは意に返さなかった。聴いていなかったのかもしれない。聴こえたのは、

「許して上げよう、許して上げよう、スヨン、許すのよ! あなたなら出来るわ」

 ユミだったらそう言うだろう、と彼女から誕生日に貰った、胸に掛かっている銀のクロスに、そっと手を添えるスヨンだった。

                                   ・・・続く

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2008年5月14日 (水)

わたしの十字架・・・④

「スヨン、居るのか?・・・入るぞ」

「何だ、居るんじゃないか。いつ帰ったんだ?」

「ついさっきよ、何か用事・・・?」

「別に・・・ご飯食べたのか?」

「後で、食べたくなったらいただくわ。オッパはママさんといっしょに済ませたの?」

「ああ、たまにはお前ともいっしょに食べたいのに」

「そうね、いつかね」

「スヨン、おふくろと上手くやれないのか? 女同士にはいろいろとあるだろうけど、親子なんだからな」

「オッパ、ありがとう、心配しないで、上手くやってるから。昨日今日始まった事じゃないでしょ、お互いは慣れっこよ」

「そうならいいけど・・・、スヨン、そんなことより、卒業したらどうするんだ。大学へ行きたかったら行っていいんだからな」

「今の家の状況じゃ無理でしょ。まだ時間はあるは、決めたらオッパに言うわ」

「スヨンが行きたいなら、俺は大学なんて辞めたっていいだ、在日韓国人はどっちにしろ此処では、まともに就職なんて出来ないからな」

「そうかもしれないけど、勉強はするべきでしょ」

「おいおい、何処の大学生がまともに勉強なんてしてる? 遊んでばかりさ。まあ、遊びも人生勉強ではあるか・・・ハハハ」

 イナは本気だとスヨンにはよくわかった。他人に優しくて、いつも明るくて、冗談ばかり言ってるけれど、とても優秀で、こうと決めたら絶対に曲げない。

「オッパ、やっぱり映画を創るの?」

「まだ、先のことだろうけれど、映画は俺の夢だから、絶対に諦めないさ。スヨン、お前、出演しろ! ああ、そうだ、女優はどうだ? そうだよ、女優がいいや、大学なんて行かなくたっていい。あんなつまらない所」

「何言ってるの、わたしは嫌よ。恥ずかしいもの。だいいち、出演料は無しでしょ」

「バレたか?」

 二人は大笑いをした。

 スヨンはいつも何気に自分を気遣ってくれる兄の気持ちが嬉しかった。

「オッパ、コマウォー、わたしはオッパだけいてくれたらそれで幸せよ。ずっと側に居てね」

 スヨンは心の内で告げていた。

                                     ・・・続く

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